日々の生活や仕事の中で、「そんなの常識だろ!」なんで使ったことはありませんか。
広辞苑には「普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに、理解力・判断力・思慮分別などを含む」とあります。
「普通、一般人が持っているべき知識」というところに問題を潜んでいます。この定義があいまいで、人それぞれの価値観の中で判断することになります。そのため、個人差が生じてしまいます。この個人差がとてもやっかいです。
Aさんは常識だと考えても、相手のBさんは常識とは考えていないといったことが生じるからです。特に、人が感情的になったときの「常識だろう」ほど、危険な言葉はありません。言い方を間違えると「自分は正義」で、「相手は悪だ」くらいに取られることもあります。

この「常識」という言葉は、それを発することで細かな説明や真因追求などを省けるという意味では便利な言葉です。しかし、人を思考停止に追いやり、真因追求を怠るという問題多き言葉でもあります。
また、常識は時代と共にも変化します。つまり、絶対的な価値観とは限りません。
私は「常識」とは、問われれば「禁句」と答えます。
改善活動を推奨する私としては、「常識だろう」と言う言葉は、改善マインドを停止する思考停止のキーワードのため、決して使わないようにしています。

改善マインドの基本は、「5Why1How」です。
「常識だろう」は「5Why」を妨げてしまうからです。

これに類似した思考停止のキーワードには、次のようなものがあります。
できるだけ使わないことをお薦めします
・最近の若いものは・・・
・徹底する・・・
・周知する・・・・
・いいから言われたとおりにやれ・・・
・なぜ、同じ失敗を繰り返すんだ・・・
など

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